「御神像」と「祈り」
        
家族のちから・世の中のちから
今年(平成18年)の二月から五月にかけて、神奈川県立歴史博物館において「神々と出逢うー神奈川の神道美術ー」といふ展覧会が開催されました。

神奈川県神社庁の設立六十周年の記念事業として、県立歴史博物館との共催で実施された展覧会でした。

県下にある神社の総数は1123社にのぼります。(宗教法人として登録されてゐる神社。)
これらの神社に伝来する、様々な信仰的な文化財の中から、彫刻や絵画などを中心に、私たちの先祖たちが、神をまつり、祈り、そしてそのために思ひ描いた神々の姿を、今日に伝へる貴重な品々が一堂に集められ展示されました。

当瀬戸神社の所蔵品からも、重要文化財指定を受けてゐる舞楽面を始め、御神像、その他湯立神楽関係のものなどを出品致しましたので、御覧頂いた方々も多いかと存じます。

これまでも他府県の博物館などで、神道美術展が開催されたことは何回かありますが、今回の展示は、広く公開されるのははじめてといふ品物も含まれてゐて、過去の展覧会の例に劣る事のない画期的なものでした。



今回の展示の特色のひとつに、多数の神像が展示されたことが挙げられませう。
神像といふものは、仏像に比較すると、一般の方もこれまで御覧になる機会もすくなく、学術的研究の歴史も比較的新しく、むしろ近年になつて認識が深められてきたと言へるものです。

神社では、本殿の御扉はめったに開けるものではなく、本殿の内部は宮司といへども、妄りに入ったり、見たりしないのが伝統ですから、本殿の中に静に安置されたままの御神像は、美術史の研究家がこれを調査するなどのことは特別の場合以外は許されず、詳しい研究などは進まないのでした。

しかし、明治維新ののちの神仏分離などの時や、その後の御造営(御社殿の改築)などの時に、御神体を新しくしたり、あるいは、本来の御神体以外の御神像を区分したり、または、本殿以外の場所に保存されてきたものが発見されたりして、調査や公開が可能な神像があることが次第に明らかにされたきました。

かうした状況で、近年は御神像への関心も高まりつつあります。そこで、県内に伝来する神像が今回結集された訳です。



ところで、人々は(私たちの先祖は)どのやうな意図で神像を作製したのでせうか。
様々な意図、目的が考えられますが、次の二つが大きな理由でせう。

その第一は、仏教の影響です。仏教が日本に定着して仏像を拝むことが一般化すると、神道的な祈りの作法においても造形化された拝礼の対象が求められたといふことです。

古代の神道では、大きな石や岩を磐境(いわさか)とか磐座(いわくら)と称し、神の降臨の場所・坐と考へてその前でまつりをしました。
その他、山(神奈備・かんなび)や樹木(神籬・ひもろぎ)を御神体とすることもありました。
その時代には神像は在りませんでしたが、仏教の影響を受けると、手を合せ祈るときにはその前にお像があつた方が気持ちが込められると実感されるやうになつたのでせう。
僧形八幡神像のやうなお坊さんの姿をした神像があるのは、かうした仏教的影響の典型です。
さらに、本地垂迹説といふ仏教と神道を一つにした信仰もあり、仏教的神像が普及しました。
しかし、神像の成立が仏教の影響だけによるのかといふと、さうでもありません。

仏教以前の古来の信仰にも、神像のもとになるものはあったと考へられます。
それが第二の理由です。

すこし極端な事例になりますが、照照坊主を思ひ描いて下さい。
雨を晴らしたい時に、照照坊主を作り祈ります。
御神像とは言えないあまりに素朴な造形ですが、頭と身体部分があるのですから、一種の人形です。
また、雛祭りの雛人形も広い意味では祈りの対象です。
流し雛といって、祭りが終はれば川や海に流すことも古くはあったやうです。
また、お祓いの人形(ひとがた)も含めて、簡単な玩具・人形のやうなもので、神像とは言へないものの祈りや願ひを込めるものが今日にも伝はっていますが、これら祈りの人形は古代から存在したに違ひありません。

かうした素朴な祈りの人形も、御神像の起原になりませう。
節だらけの材木に素人作りのやうな鑿を入れて素朴でユーモラスな表情の神像があるのも、この第二の理由の影響に相違ありますまい。
これらの要因が複合して、仏像とはことなる、独特の表情や造形をもつ神像がつくられたのでせう。



ところで、神像の特色をもう一つ挙げることができます。

神像には男神、女神や僧形神が一組になつたものが多いことです。
男神ばかりで五体が組になったものもあります。
また若い神像と年輩の神像が男女で組になるものもあります。
これらを見てゐると、この神像を姿として表現される神様は、男は男として、女は女としての役割を果しつつ、それぞれの力を合せたところに神様としての本当の力を顕はしてをられるやうに思へるのですがいかがでせう。

阿彌陀如来像は阿彌陀如来としての十分な力を表現してゐるのに対し、神像の場合は、個々の力、御神徳だけでなく、複数の神々の御神威が互いに組み合さることにより、さらに広く、高い御神徳を発生させてゐるかのやうです。

しかし、このことを自分たち人間のことが反映してゐると考へるとどうでせう。
老若男女がそれぞれの役割を発揮しつつ、力を合せることで、生命と文化を創造し伝承する姿の投影です。いはば、家族の姿の理想ではないでせうか。
また家族を単位とする世間、社会全体の望ましい姿でもあります。
個性にあふれる様々な人々の相関関係や協力が、世界の発展や文化の隆昌を産み出すことを、私たちの祖先は感じてゐたのです。家族の力、世間の力、そこに神々の力も重ね合せる事ができます。
この家族の力こそ祖先と子孫をつなぐ大切な生命の力です。
その大切さは私たちも皇室も同様です。
(伝統を軽視した皇室典範の改悪が不適切なのは、この意味にほかなりません。)
少子化や高齢化が課題となる今日、かうした日本古来の考へ方を見直し、再評価することは、私たちの身近な生活の中にも是非、必要なことではないでせうか。