お正月の意味? 厄年の意味?
お正月の挨拶は「明けましておめでとう」ですね。
でも、どうして「おめでとう」なのか、何がおめでたいのか、考えたことがありますか。

古い言葉に「盆と正月が一緒に来たようだ」という言回しがありますが、この「盆」「正月」とはともに、日本古来の神祭りの行事なのです。

神祭りとは、私たちに恩恵をもたらしてくれる神霊をお迎えして、神人和合の時を過すものです。
お盆にお迎えするのは、「御先祖さま(お精霊さま)」、お正月にお迎えするのが「歳神さま」と区別されるようになりましたが、どちらも私たちの「生命の根源」であり、本来はひとつのものであったと申せましょう。

お正月に、注連飾りをして門松を立てるのは、単なるデコレーションではありません。
「歳神さま」をお迎えするために、家内を祓い清め、神さまの御座としての準備のしるしなのです。
歳神さまは、私たちにその年の生命、寿命、健康を授けて下さいます。
これが歳神さまからの賜り物、トシ神さまからのタマわりものとしての「トシタマ」すなわち「お年玉」なのです。
本当の「お年玉」はお小遣いではなく神さまからの「賜りもの」なのです
だから、子供でなくても、何歳になってもいただくことができるのです。
この生命、寿命を賜ることがあってこそ「おめでたい」のです。
しかも自分だけでない。
世の中のすべての人が平等に、分け隔てなく新しい生命を頂戴するのです。



厄年・家内安全のお詣りは?


厄除祈願は正月から節分または旧暦新年の頃に行うのが古来の慣習です。

また、厄年の「ヤク」は災厄・凶事とは限りません。

「ヤク」「役」に通ずるともいわれます。
社会的な地位や役割を与えられたり、変化する年周りでもあり、むしろお祝の意味もあるのです。
還暦など賀の祝いの年が厄年表に入っているのもこの意味でしょう。

災厄から逃れることより、人生の節目に神前に額づき新たな一歩を踏出すという積極的な意味を大切にしたいものです。

ところで、石原裕次郎さんがおなくなりになったのは52歳。
また、美空ひばりさんも52歳でした。
(この52歳は満年齢ですが・・・。)
平均年齢が格段に高くなつた今日、年齢と身体の変化の関係も10年ほど高くなり、昔は42歳が身体の変調の時期で、男の厄年ともされたものが、実際には52歳前後で現はれるのではないかとの説を耳にしたことがあります。
10年延びただけでなく、男女の別もなくなってきてもいるというのです。
そんなこともあるかもしれません。

一方で、人それぞれの個性もあります。
ですから、暦どおりに災厄が訪れるわけではありません。むしろ、厄年でもないのに病気や事故に逢ふことのほうが誰しも多いものです。

大切なことは、数字の意味にとらわれて無用な心配をすることではなく、自分自身の生活にしっかりした自覚・責任をもち、家族や社会との信頼を築いてゆくことではないでしょうか。
厄年だからといって、自分個人だけのお祓を受けることでなく、家族そろって、「家内安全」を新年ごとに御祈願することのほうが意味があると存じます。
こうした習慣から、夫婦、親子、兄弟姉妹の信頼が生まれ、本当の「家内安全」の御利益につながります。
会社、商店においても、同様に経営者と従業員や取引相手との信頼や信義の構築から、本当の「商売繁昌」が得られることになりましょう。



全人類のいのちの中で、
日本の国のいのちの中で、
地域社会や勤務先の中で、
ことには、家族、夫婦、親子、兄弟姉妹の中で、
自分のいのちの大切さ、自分の役割や責任を再確認し、
そのためにも、人の予測できぬわざわいや病気のないよう、御加護を祈念し、
今年の自分の生活、活動をより意味のあるものにしてゆくことを期する。
これを厄除祈願の心掛けとしたいと思います。