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以下は横浜市教育委員会による解説パンフレット(執筆:横浜市文化財保護審議会委員 水野敬三郎先生)よりの抜粋です。
 
 
国重要文化財
木造 舞楽面 二面
      抜頭面 陵王面
 
時代 : 鎌倉時代
法量 : 抜頭 縦 31.3cm 幅 22.0cm
    陵王 縦 33.2cm 幅 25.0cm
指定 : 平成12年12月4日
 
 
 この舞楽面2面は、社伝によれば源実朝所用の面を政子が奉納したものといい、瀬戸神社の宝物として古くからよく知られていました。文政8年(1825)水戸の徳川斉昭がこれを愛でて借覧し模造させて上、箱を新調して翌年還納したことが、これを納める箱の蓋裏に記されています。平成7年に神奈川県の有形文化財に指定され、平成12年には鎌倉時代初めの貴重な仮面遺品として国の重要文化財(彫刻)に指定されました。平成14年度の国庫補助を受けて美術院国宝修理所によって修理されました。
 
抜頭(ばとう)
 髪頭・鉢頭・撥頭とも書く。唐楽に属し、桴(ばち)を持って舞う一人舞。その面は赤ら顔で額が秀いで、眉を吊上げて大きく目をいからせ、大きな鉤鼻を持ち、髪の毛には太く縒った紺の紐を植えつけるのが特色です。猛獣に父を殺された胡人の子が山でその仇を討った喜びの舞とも、虎に殺された父の死体を探し求め、髪をふり乱して嘆き悲しむ舞ともいわれ、またインドのリグ・ヴェーダの神話に出るバズという毒蛇を殺す白馬を擬人化したもので、紺の紐はたてがみの変形とする説もあります。
 瀬戸神社の面は桧材製、下顎を別材(横木)矧ぎとするのは珍しい作り(下歯は欠失)です。頭部後縁に沿って縒糸を一列に植える孔があり、耳上と耳朶に面紐を通す孔が穿たれています。表裏とも布張り錆下地で、表面は肉身部朱漆塗り、眉目は黒漆。裏面は黒漆塗りで、朱の銘文(別掲)が記してあります。そのままに信じるわけにはいきませんが、大づかみな肉どりの一方で、額の横に浮き出した血管の細やかな写実も見せ、その力強い表現は鎌倉時代も早い時期の政策であることをうかがわせます。
 (今回の修理では、近世の補彩の除去、漆の剥落止め、頭部小割損部の補足などが行われました。)
 
(別掲)抜頭裏面朱書銘
    (右方)奉施入 神[   ]前
        抜頭面
    (左方)右依夢想□之此面[   ]運慶法印
        自彫刻[        ]
        之矣
          建保□年己卯[      ]
 
 
陵王(りょうおう)
 羅陵王、蘭陵王ともいう。唐楽で一人舞。その面は目を丸くみはり、鼻は尖り、顔中に皺を寄せ、上歯を長く伸ばし、頭上に龍をいただきます。動眼(別に作った目が面部につないだ串状のものを支点に動く)、吊顎(別に作って紐で吊った下顎が揺れ動く)とし、顔は金色です。中国北斉の蘭陵王は、余りにも美男子だったので、この怪異な相の仮面をつけて出陣し、敵を打ち敗ったといい、またインドの古い劇の「龍王の喜び」に由来する、あるいは仏教の沙羯羅龍王に象ったとする説もあります。龍王として雨乞いにも用いられました。陵王の面は舞楽面の中でももっとも多くの遺品があります。
 瀬戸神社の面は、桧材製で、龍の後肢の半ばで前後二材を矧付けて造り、龍の頭部その他に小部材を矧付け、両目は別の一材製、吊顎はいま失われています。全体に布貼り錆下地とし、表面は黒漆塗りで肉身部は金箔で仕上げ、その他は彩色しますが、いま色は失われています。眉と口ひげは植毛した痕があります。裏面は茶漆塗りです。形の上の特色として挙げられるのは、頭上の龍が低い姿勢で額にかぶさり、後肢が人間の足のような形で爪先を上向きにして面にまたがり、背後に羽根状のものを大きく広げていることで、たとえば平安時代の名作とされる厳島神社の、龍の頭を長くS字形に反らせ、剛毛を小さくまとめた形と大きくちがいます。これと同形の陵王面が、大阪八葉蓮華寺快慶作阿弥陀如来像に納入された書状(快慶宛か)の紙背に描かれているのは興味深く、また、前肢を踏張った龍の表現が運慶一派の四天王像の腹に帯喰としてあらわされた龍のそれと共通することも指摘されています。龍の力のこもった四肢の筋肉表現などみごとなもので、抜頭面同様、鎌倉時代の早い時期の作とみられますが、抜頭面の銘とあわせてその作者の系統を考えることができるでしょう。なお鎌倉鶴岡八幡宮の陵王面はこれと同じ形で、作風も大変よく似ています。
 (今回の修理では、漆の剥落止め、龍の両耳部と左後肢足先、本面右顎欠失部の補足などが行われました。)